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2019年 01月 08日

自分の幅を広げる努力

 昔から思っていることなのですが、仕事って決して自分が提供したい、もしくは提供できることだけではありません。こいつは、こういう事もできるのではないか。そんな感じで仕事の幅が広がっていくと思うのです。

 例えば私の場合、リサーチした内容の報告書を書くことが自分の仕事だと思っているのですが、周りからは雑誌や専門誌の記事を書いて欲しいと依頼されたり、はたまたIT分野を専門にしているので、ネットコンサルティングの相談がきたりと。

 さすがにネットコンサルティングは丁重にお断りしましたが、しかし時として自分ができる事と他人がやれると考えることは違うのだと。

 その意味で言えば、専門性を磨くということは、私の場合、報告書を書くということではなく、持っている知識や人脈、思考力やコミュニケーション力の方になるのでしょう。

 今年は、『食わず嫌い』なところを極力少なくしていければと思っています。


# by hironori-amano | 2019-01-08 17:48 | MCA
2018年 12月 14日

12月11日 日本経済新聞一面トップ/三面に弊社基地局データ掲載

 12月11日の日本経済新聞の一面トップと三面に弊社の基地局データが掲載されました。

 これまで産業面とかにには何回かあったのですが、一面は初めてで、その反響の凄さに驚いているところです。

 何の反響かというと、メディアの関係者からの後追い取材です。テレビ、新聞、ビジネス誌、ラジオ、ネットTVなど、20社以上から連絡がきました。

 弊社のような超零細会社に、これらの連絡が一気にきますと、当然ですが通常の業務に支障をきたします。結局、私と二人が専任で2日間対応をしました。

 これによって弊社の売上が大きくなったとかは???なのですが、やはり日経新聞一面ですので、日ごろお仕事をやっている取引先の皆さんや経営者の仲間から連絡がくると、正直嬉しいですよね。

 今回のことで少しは会社の知名度が上がればいいなとは思うのですが、その一方で、弊社のようなところは世間的には黒子であるべきで、目立ちすぎるのもどうかとも思っています。

 来週には、もとの状態に戻れることを期待しつつ、週末へ突入です。


# by hironori-amano | 2018-12-14 16:28
2018年 08月 16日

混迷の時代①独立した新会社での四苦八苦

 昨年末に国立大学での講義の際に、私の会社の創業について話してほしいという依頼(創業論)をいただきました。そんなきっかけもあり、改めて自分が仕事をやってきたことについて、シリーズ的に取り上げています。今号からは、サラリーマンを辞めて、意気揚々と共同で事業を立ち上げたものの、いきなり泥沼へと堕ちていく「混迷の時代」シリーズです。

 その会社での居心地が悪いわけでもなく、特に独立したいといった気持ちもなかったのですが、その会社でずっと働く人生は嫌だなあとは漠然とですが思っていました。

 そんな時、私のその後の人生に大きな影響をあたえる人(師匠)と知り合います。ある案件で協力してくれとのことだったのですが、私が書いた原稿を真っ赤に手直しして、送り返してくるのです。

 「え~」と思ったのですが、「日本語の文章になってない」「文章として美しくない」と思いっきり批判&罵倒されました。

 でも言われて読み返してみたら、その通りで、そんなことを正面切って、言ってくれる方はいませんでしたので、有難かったです。とにかく本を読めと言われ、特に歴史の本を勧められました。

 一方、その方とのお付き合いは続きつつ、別のチャネルから独立しないかというお話をいただきました。

 結果的に、その話に乗ったのですが、これが大きな間違いでした(笑)。私が一番の年下でした。私は一人の同僚を誘い、総勢5名での船出でした。自分の仕事のデータや取引先は、当然ですが前の会社に全て置いて行きました。

 そのころ、特に私は『ホワイトワーカーの知的生産性向上』という新分野に興味を持っており、そこを掘っていきたいと思っていたのですが、その点で、日替わり定食のように業界が変わる今の会社ではやれないという考えもありました。

 お陰様で新会社に移ってからも仕事は途絶えることなくやれたのですが、しかし、独立した会社は火の車でした。理由は、一言で言えば、トップだった経営者の放漫経営でした。私たちが取ってきた案件の売上のうちの半金(前受金)を口座に入った瞬間に銀行から卸して、別の運転資金にあてたり、そもそもその経営者のプライベートがうまくいっていなかったりなどなど、最後は会社に来なくなってしまって、実質的な倒産状態に陥ってしまったのです。

 給料の未払いが半年以上あり、仕事をやっても活動費がないような状態でしたので、まさにどん底にありました。でも、取引先やお客様との関係や仕事は続いてますので、それはそれとしてやり切る必要があります。

 結局、その会社は空中分解し、それぞれが自分の生活を立て直す必要に迫られたのです。せめてもの救いは、法律上その会社の債務を負う必要はなかったことくらいでした。

 事業の成功と経営は決してイコールではないことを学び、個人的には恨み辛みはありましたが、そんな事を考えている経済的余裕はありません。とにかく、生活の立て直しをしなくてはと思っていた頃、タイミングよく前の会社の知人から、ある会社のコンサルティングをやらないかというお話をいただきました。

 ある広告代理店の方がやっている会社で、地方にある大手菓子メーカーの新商品プロジェクトでした。いただいた条件がとても良く、泥舟から脱出できると思い飛びついたのでした。


# by hironori-amano | 2018-08-16 15:33 | 創業論
2018年 07月 24日

サラリーマン時代の思い出⑤受託案件の悲喜こもごも

 昨年末に国立大学での講義の際に、私の会社の創業について話してほしいという依頼(創業論)をいただきました。そんなきっかけもあり、改めて自分が仕事をやってきたことについて、シリーズ的に取り上げています。

 特定のお客様から案件をいただく受託調査の場合、自分はよくできたなと思っていても、お客様のほうで満足いただけないケースや、自分はそこまでできたと思っていなくても、お客様の方で満足いただくケースなど、ホント様々です。

 前者のケースでは、こんなことがありました。ある外資系のメーカーから、ある製品についての調査と国内での事業展開に関するコンサルティングの依頼がありました。上司と私の二人であたったのですが、先方のニーズを満たすためには、普通のやり方では情報がでないということが分かり、私は現地に行きました。そこで、ある方法を使って必要な情報を入手(例:対象製品を作ってない)したのですが、報告会の際、私は自信をもって報告したのですが、お客様の反応がいまいちなのです。

 「どうかしました?」と聞くと、そもそも、そこでは対象製品を作っているはずだと言うのです。その根拠を聞くと、別の調査会社のデータを持ってきて、言い張ります。でも、そうじゃないことは、私は現地に行って最も確証の取れる方法で確認していますし、私も譲れません。

 調査の入口の認識が異なれば、その後の内容が更に離れていくことは目に見えてます。結局、お互い相譲らず、経費だけ精算してキャンセルとなりました。その後、しばらくしてその製品についてのニュースが業界紙に掲載されました。その内容から、自分が主張したことが正しかったことが分かり、ホッとしたこと覚えています。

 また、自分はそこまでできたと思っていなくても、お客様の方で満足いただくケースの多くは、これまでに何回か述べている業界の「にわかプロ」としてやらなくてはいけない場合です。その時々に応じて、さまざまな業界について関係者にヒアリングしていくのですが、そのファクトが先行して、それをうまく消化しきれない自分がいて、なかなか報告書に反映できないというパターンです。

 先方と取り決めた項目について話す限りは、ちゃんとヒアリングしてきているので問題ないのですが、そこからちょっとずれたり、派生したような内容になってくると、たちまち冷汗ドサッという感じでした。

 そんなこんなで過ごしてきた楽しいサラリーマン生活でしたが、終わりは突然にやってきました。それは、決して自分が望んでいたわけではなかったのですが、その流れに乗ってしまった以上、戻れないというのが本音でした。


# by hironori-amano | 2018-07-24 14:11 | 創業論
2018年 07月 24日

サラリーマン時代の思い出④直属の上司達

 昨年末に国立大学での講義の際に、私の会社の創業について話してほしいという依頼(創業論)をいただきました。そんなきっかけもあり、改めて自分が仕事をやってきたことについて、シリーズ的に取り上げています。

 仕事をやっていくなかで、恵まれたのが仲間ともう一つ、直属の上司でした。

 最初の上司は、その会社の文化そのままに、何も教えてもくれないし、調査企画書を渡したら報告日までほったらしの人でした。

 でも、だからと言ってコミュニケーションしないのかというとそうではなく、日常的な会話やたまには夜の会食に連れていってくれたりしてくれるのですが、仕事の話はほぼなしでした。

 話すことと言えば、プライベートや趣味の話ばかりで、明確に仕事とプライベートを分けるタイプでした。なので、正確に言えばほったらかしではなく、マイペースに仕事もやる人だったのです。

 ある時、液晶関係の案件で、突破口がなかなか見つからないとき、その上司に相談したら、次の日に一緒にあるところに行きましょうというのです。そこは、大手メーカの研究所で、そこの所長が若手の研究員と一緒に待っててくれました。

 上司と所長は数十年来の付き合いらしく、私が抱えていた課題を全て聞きなさいというではありませんか。3か月悩んできた課題が、一時間足らずで解決した瞬間でした。

 次の上司は、別の意味で凄い人でした。前の上司とは正反対の人で、夕方になると毎日その日の作業を棚卸するためのMTGをやる人でした。当時、ほぼほったらかしの人ばかりでしたので、非常に珍しいタイプだったと思います。

 案件を獲得してくることはもろんなのですが、調査に関しても自ら足を使って現場を回ったり、私の調査に同行してくれたりしてました。

 社内の成績も常にトップクラスでした。他の上司は営業特化で、調査は部下に振っているなかで、その上司は両方ともに自らコミットしているのですから、顧客満足度が上がるのは当然で、案件の多くはリピートでした。

 その上司から呑みの席で言われた言葉が今も忘れられません。「結局、我々の仕事は突き詰めれば、クライアントのご担当を昇進させられるくらいの結果をだすこと」と、よく言ってました。

 一方、別の意味で忘れられない上司もいました。その人は、たまたま大学の先輩で、配属先で可愛がってもらいました。仕事では正直そうでもなかったのですが、アフター5の遊び方に関して間違いなく社内No1だったと思います。

 それまで、行ったことにない〇〇のクラブや、政財界の要人との会食など、とにかく仕事に関係のない人脈の広さには本当にびっくりしました。そんな楽しい先輩ではあったのですが、最後にはあるトラブルを起こして、仕事も家庭も崩壊し、行方不明となってしまいました。

 大人として、これからどう生きていくべきか。上司たちを観て、そんなことを無意識に学んでいたのかもしれません。


# by hironori-amano | 2018-07-24 12:45 | 創業論
2018年 05月 24日

孤独のススメ

 いつも誰かがいないとダメだという人がいます。

 先日会った人も、そんなことを言ってました。

 人と一緒にいることで、寂しさが和らぎ、楽しく過ごせるといのです。

 しかし、私はそんな考え方には違和感を覚えます。人は孤独な時こそ、人間として成長するチャンスである思うからです。

 人は日常生活のなかで、様々な情報を呼吸するかのようにインプットし、アウトプットしています。そのときに、人と常にいる人は、アウトプットしかしていないように思うからです。

 このことは、その人が発信するアウトプットが面白くなかったり、つまらなかったりすることとニアイコールなのです。

 人から情報や知識を仕入れているので、インプットもしっかりやっているという人もいるかと思います。しかし、私はアウトプットは、それをする前の準備というか、自分の頭で整理する『思考』というプロセスを経るからこそ言葉や文字に付加価値が生まれるのだと。

 「孤独な思考の瞬間こそ、誰も踏み込むこともできない心の解放区だ。」と思ってます。


# by hironori-amano | 2018-05-24 16:38 | Other
2018年 04月 24日

サラリーマン時代の思い出③この仕事への疑問

 昨年末に国立大学での講義の際に、私の会社の創業について話してほしいという依頼(創業論)をいただきました。そんなきっかけもあり、改めて自分が仕事をやってきたことについて、シリーズ的に取り上げています。

 企業の担当者へ切り込みヒアリングしていく産業調査の仕事をやっていくなかで、大変な案件もあったのですが、何とかこなしてきました。

 しかし、その一方で、結局この仕事の成功要因は、その時に知り合った人脈や探り当てた情報といった「たまたま」なことの積み重ねなのではないか?と思うようになりました。

 もちろん、それでもお客様に満足いただけているので、問題はないのです。しかし、個人的にはそんな「もやもや感」を抱えていました

 例えば、会計士はいつどういった時にでも会社の経理について、専門的な会計知識からアドバイスします。また、運転手についても、乗車したら、その運転技術で目的地まできちんと運んでくれます。

 しかし、当時の私には、そういう自分の内部から提供できる確たる価値がないのではないか、もっと言えば結局、成功するか否かは「度胸と勘」しかないような。

 そんな時、知り合ったのがコンサルティングをやっている友人でした。年齢が一緒で、何回か遊ぶうちに、仕事の話になり、彼のやっている世界を知ることになったのです。

 彼に色々相談をするのですが、すると頭の中に色々な引出しを持っているのです。テーマによって、そこからいろいろなフレームワークを持ってきて、分かりやすく解決策を提示してくれます。そのレシピの素晴らしさとコミュニケーション力に感服し、こういう人がプロフェッショナルなんじゃないかと思いました。

 人にはいろいろな人を見ても、感じ方はそれぞれだと思います。例えば、私はいま述べたような人をみて凄いなと思うのですが、別の人は、営業成績トップの人が凄いというかもしれません。

 私の場合、営業成績トップの人は、それなりに凄いとは思いますが、別に憧れの対象ではありませんでした。

 そのコンサルの友人との出会いをきっかけに、自分の仕事で同じような価値を提供するってどういうことなんだろうと考え始めるようになりました。イメージに近い人が社内にいないかと探したりもしたのですが、いませんでした。

 多分、今も大きくは変わっていないと思うのですが、結局この業界が産業化されていないことが、大きな理由ではないかと。それは、単純に優秀な人が集まりにくかったり、市場の伸びがなかったり、企業規模が小さかったりなどなど、挙げればキリがないのですが、コンサルティングサービスと同じような戦後の新興業界でありながら、未だにクライアントの企業活動にきちんとビルトインできていないからではないかと思うのです。

 そんなことを日々思いながらも、案件はどんどんやってきます。能書きはいいから仕事をやれと、当時の上司にはよく言われました。


# by hironori-amano | 2018-04-24 18:12 | 創業論
2018年 04月 17日

主観と客観

 自分が思っている得意技はAだとしても、その人を見た別の人はBとして最適ではないかと言われることがあります。

 特に仕事についてはいえば、そうした傾向が強く、勝手にその人に向いているであろう仕事を探してきて「〇〇できますか?」と言われることがあります。

 自分の仕事の履歴を振り返ったとき、そういう事を言われるのは、自分の仕事(会社)の枠を広げるチャンスだったような気がします。

 そうした全ての案件が巧くいったという意味ではなく、やったけど失敗したこともありますし、あまりいいパフォーマンスを出せなかったこともあります。

 ただ、他人が自分の能力や仕事をどのように評価しているのかということは、まさに主観と客観の違いであり、ハッとさせられることが多いものです。

 よく「自分の可能性を広げろ」とか「限界を突破しろ」と言いますが、主観で考えるから出てくる発想なのではないかと思ったりもします。

 人が自分の仕事やスキルをどう見ているのか。自分では絶対的にできない重要な視点ではないでしょうか。


# by hironori-amano | 2018-04-17 13:51 | Other
2018年 03月 29日

サラリーマン時代の思い出②調査会社ゆえの「情報管理の徹底」

 昨年末に国立大学での講義の際に、私の会社の創業について話してほしいという依頼(創業論)をいただきました。そんなきっかけもあり、改めて自分が仕事をやってきたことについて、シリーズ的に取り上げています。

 私が在籍していた調査会社は、いわゆるネットアンケートをやるようなところではなく(正確には比率が少ない)、企業の関係者にヒアリングをやって報告書を作っていく産業調査をメインにしているところでした。

 調査案件の多くは、所属するチームの先輩から下りてくるものばかりでしたが、業界的にそれなりに名前が通っていたので、代表番号から入ってくる案件もありました。

 そういう案件を、たまたま取って仕事にするので、先回言ったように色々な業界をやることになるのです。

 なので、自分が知らない、もしくは不得手な業界の調査は、正直うまくいかなかったり、満足いかないレベルだったこともありました。本当は、その分野を専門的にやっているチームに案件を振ればいいと思うのですが、それをやるとチームの成績にならないので、あり得ません。

 ただ、それなりに幅広い業界をやっている会社なので、自分が知らなくても、それをやっている社内の専門家に聞きにいったり、何よりも社内の蓄積データが数多くあります。

 それをうまく活用できれば、極端なことを言えば一日で専門家になることができるのです。それは、大手の調査会社だからの強みだと思います。

 調査会社には、多くのインサイダー情報が集まっています。そのため、情報の管理については非常に厳重でした。例えば、コピーをしようと思うと、部門長の席まで行き、ハンコを押してもらわなればなりません。そして、それをもらってもコピー機は社員数百名なのに1台しかありません。ハンコを押した申請書をとコピーする紙を別のビルにあるコピー室まで一回一回持っていき、コピー専門の方に申請してやってもらうのです。

 また、先ほど述べた蓄積データですが、どんな案件であっても閲覧できるのは、一般に販売される調査資料だけで、いわゆる特定の顧客からの依頼案件の報告書については、社内の人間であっても一切公開されません。

 こうした仕組みは、組織文化にも根付いていました。10名弱で構成される自分のチーム内のやっていることは何となくわかりますが、自分のやっている案件以外のチーム内の報告書などは見ることはありませんでした。ましてや、チーム外になると、業界やテーマの話はしますが、それ以上は詮索しないことが暗黙の了承のようになっていました。

 情報管理の徹底は、案件のほぼ100%が内製化という点にも表れていました。こうした仕事は、時期やタイミングなどによって需給が大きく変動するので、結構外注比率も高かったりします。しかし、そこはすべて内部で抱えて対応していました。外注費を支払いたくないといったこともあったかもしれませんが、でもそうした姿勢は秘匿性を重視するクライアントにとっては安心できたのではないかと思います。

 そして、こうした仕組みや考え方は、今の会社をやるにあたっても非常に参考になったことは言うまでもありません。


# by hironori-amano | 2018-03-29 13:45 | 創業論
2018年 03月 26日

大人への階段

 背格好は、私たち大人と同じくらいに成長した子供ですが、時として思いっきり背伸びしているしてたんだと思う時があります。

 長く緊張が続く中、大人でもストレス溜まってるだろうなと思うのですが、見た目平然と日常を過ごしているようなのですが、あることをきっかけに一気に噴き出すのです。

 大人になるプロセスのなかで、一定のプレッシャーというのは必要だと思います。それがあるから、人との付き合い方や話し方、家族の在り方や、働くことの意味を考えるようになれるのではないかと思うからです。

 でも、そのサジ加減は、十人十色でしょうし、下手すると違う方向へネジ曲がって行く可能性だってあります。

 私は、別にそんなことを感じて大人になったと思ってはいなのですが、でも傍にいる大人がその辺の調節をやってくれれば、もっと違った人生を送れたのではないかと思ったりすることもこともあります。

 どこの親もそうでしょうが、自分が経験した苦労はさせたくないと、それだけはと思うものです。



# by hironori-amano | 2018-03-26 17:27 | 家族